フランス在住パーソナルライフコーチ Mika のプロフィール

はじめまして。

自分らしく生きたい女性の想い」を叶える「ライフコーチ」のMikaと申します。

わたしは、2011年、東日本大震災の翌日にヨーロッパへ移住し、フランス・スペインを行ったりきたりする生活をしています。

フランスは「碧い海岸」で名の知られる地中海のニース、スペインは「パエーリャ発祥の地」である地中海バレンシアに拠点を置きながら、比較的移動の多い生活をおくっています。

2018年11月現在は、フランス西部に住んでいます。

いまこうして、生涯の仕事とも思える「ライフワーク」を見つけられたことは、わたしにとって大きな転機となりました。

コーチングに出会って、わたしはその魅力にハマりました。

なかでもマインドセットは、わたしの辛い過去・挫折・逆行を乗り越えるきっかけとなり、「自分の気もちに正直にいていいんだ」と気づかされました。

ここまで来るのに、とても長い道のりをさらに遠まわりしてきました。

ひそかな願いだったヨーロッパ移住を実現し、わたしの全エネルギーを注げる仕事に出会えたことで毎日しあわせを感じています。

いまこの場にいられることも、こうして生活できていることも、クライアントさんとの出会いも、すべてに感謝しています。

わたしの人生は遅咲きです。

少し(というかかなり)長いですが、ここから先の内容は

  • いまにいたるまでの出来事
  • 過去があるから大事にしていること
  • いまの考えにいたった理由

などを、包み隠さずお伝えしていきます。このプロフィール記事から、わたしの人となりが伝わってくれたらうれしいです。

憧れだった海外生活のいま

2017年春、在住先のフランス地中海ニースにて

わたしは現在、夢に描いていたヨーロッパ生活の中にいます。

思えば小学生の頃から「ハーフの子どもが欲しい」と言っていました。その夢は小中高・短大・社会人になっても変わりませんでした。

いま思えば、だいぶミーハーな宣言ですよね。笑

そして、高校3年生の選択授業で取った「英会話」のクラスでアメリカ人ネイティブの先生と接したことをきっかけに、英語を聞いたり話すことに興味が湧いてきました。

異国の人ともコミュニケーションができるってすごい!

あのときの感覚は社会人になってからも強く残り、次第に「もっとたくさんの外国人とコミュニケーションしたい!」と思うようになっていきました。

英語を話す国はいくつもありますが、そのなかでもとくに惹かれたのはイギリスでした。「いつかヨーロッパ現地で英語を使って仕事がしたい」そう思うようになっていきました。

それがいま、夢に見ていたヨーロッパに住んでいます。最愛であり、最強のパートナーだと思える夫もいます。

夫に出会う前のわたしはボロボロで、「わたしのどん底人生はいつになっても光なんてささない」と本気で思っていたので、いまでもときどき「この幸せは夢なんじゃないか?」と思ったりします。

幼少期・学生時代

友達に恵まれなかった幼少期~高校時代

なんでわたしだけなの?

そんな風に「なんで?」ばかりを考えていたのが幼少期~高校時代です。

幼稚園ですでに女子からの苦情を受け、小学5年生でシカトのターゲットにあい、中学では一人でお弁当を広げることも少なくなく、高校では親友だと思っていた子に裏切られました。

友達だと思っていても人ってわからないんだな・・・
仲良しだと思っていても利用されるだけなんだな・・・

そう確信できた出来事もたくさんありました。

そしてわたしはいつしか、自分にこう言い聞かせていました。

信用して裏切られるのは自分なんだ。
結局傷つくのは自分なんだ。
だったら最初から人と距離をとればいい・・・。

女子おなじみの「一緒にトイレ行こう~!」が苦手だったわたしは、決まったグループに属することもなかったように思えます。

でも、スクールカースト制の中では「決まったグループに属する=友達とみなされる」わけで、わたしは一人浮いていた・・・というより、誰からも見られていなかった存在でした。

興味関心にあわせて友達の幅を広げればいい。

当時から「自分の志向にあわせて〇〇の話題なら**ちゃん」「△△の話しなら**ちゃん」という感じで好きな話題やジャンルにあわせて、いろんな交友関係があってもいいのにな~と思っていました。

いまでもそう思っています。

はじめてできた信頼できる友達

高校卒業までの18年間、「楽しい思い出」を思いだすのが難しいくらい交友関係に疲弊していたわたしの人生にちょっとした転機が訪れます。

短大で出会った新しい友達のおかげで、人間不信になっていたわたしに小さな光が現れたのです。

彼女たちとの出会いは、いままで経験した友人関係を覆すほど衝撃的なもので、はじめて友達に「信頼」という感情をもつことができました。

もっといろんなこと話してくれていいよ。
わたしたちもmikaのこともっと知りたいから。

そんな彼女たちとたくさん笑い、語り、遊び、多くの時間を過ごしました。

短大の2年間でわたしは、「誰かに必要とされてる感覚」を彼女たちから教えてもらいました。

成長をあじわった社会人時代

わたしの人生で大きなターニングポイントとなったのは、21歳で中途入社した会社との出会いです。

この採用がなければ、いまのわたしは存在しないと言い切れます。

入社当時のわたしは、(ほぼ)新卒扱いです。

  • 業界未経験どころかオフィス勤務経験なし
  • パソコンは電源押すのが精いっぱい
  • とにかく何もかもが未経験

ないないづくしのわたしは、スポンジのようにいろんなことを吸収していきました。

その後、上司や先輩たちのおかげで自分でもはっきりとわかるくらいめきめきと成長していきました。そのくらい成長を感じられました。

相手の立場になって考える
頼まれた以上のもので返す

これを意識していたら、知らずのうちに信頼され、評価され、いろんなことを任せてもらえるようになっていったのです。

仕事は本当に楽しかった。

壁にぶつかることも、悔しくて涙が出たこともたくさんあります。悩みまくって胃潰瘍にもなりました。

壁にぶつかったらそれを超える、そのためには何が必要か。

そんなことを考えながらあれこれと試行錯誤していたら、あっという間に10年が経っていました。

心に残る、夢への挑戦

そんな10年の間に、幼少期から感じていた「自分の価値のなさ」と「人間不信」は少しずつ弱まっていきました。仕事を通して得られた「成長と信頼」のおかげです。

けど、そんな中でも心のどこかに引っかかっていた思いが2つだけありました。

  • これから先の働き方
  • 忙しさを言い訳にしていたこと

そして、あるときから正体の見えないモヤモヤに囲まれる日々が続きました。27歳~30歳の3年間です。

  • 仕事は楽しいし、自分の成長も感じられる
  • 上司・先輩・同僚、人に恵まれたいい職場でもある
  • でも、何かが足りない・・・
  • 何かこう、わたしの人生で大切になりえる何か・・・
  • その「何か」ってなんだろう・・・?

なかなか答えが出ず、もどかしい日々が続きました。

このまま30代後半、40代になってもこの仕事を続けていけるだろうか・・・。
出産・育児をしながら続けていける仕事だろうか・・・。

漠然とした不安と自信のなさ。

わたしはどうしていきたんだろう・・・?

このまま流されたくない!と強く思った30歳

モヤモヤに囲まれつづけた3年間、毎日のように考えていました。

  • この原因はなんだろう・・・?
  • なにがそうさせるんだろう・・・?

そんなある日、「あ、これだ・・・」と確信できたものがありました。

高校の選択授業で味わったあの感覚、「英語を使って世界中の人とコミュニケーションしたい」と思っていたことです。

本心は、英語が学べる大学に行きたかった。
でも、家庭の事情で叶わなかった。

たくさん働いてお金を貯めても、一人暮らし・一般OLの給料では毎月のやりくりが精いっぱいで留学費用を捻出するなんて経済的に厳しかった。

なんど夢に見たかわかりません。

当時のわたしには「英語を学ぶ=留学」というルートしか見えず、現実と夢のはざまに揺れながらも「挑戦したい」という気もちに蓋をしつづけてきました。

いまの自分にできる小さな一歩

これから先の未来では、いまこの瞬間が一番若い。数年後、「やっぱりあの時はじめていればよかった・・・!」そう思うに違いない。

なかなか一歩が踏み出せない自分に言い聞かせて、「今までやりたかったことを実行する!」という決意を30歳の誕生日にしました。

  • 忙しくて行動できなかったことを、仕事とか現実とか関係なくやってみよう!
  • その先のことはやってから決めればいい!

そんな風に思ったのです。

そして、「よし、小さいことから行動してみよう!」と決意し、とりあえず独学ではじめることにしました。

しかし、中高あわせて6年間も勉強してきたはずの英語なのに、あきれるくらい覚えていません・・・。

愕然としながらもありのままの自分を受け入れ、中学1年生で習う「英単語」「文法」「リスニング」の復習からのスタートです。

基礎の基礎の基礎、動詞の「make 」「do」「have」「need 」あたりからの復習で、気が遠くなってあきらめそうにもなりましたが、それでもなんとか続けました。

と同時に、勉強しても使わないと意味がないので、実践できる外国人の友達をつくる努力もしました。(基礎動詞を復習してるレベルでも・・・です)

転機はいきなり訪れた

そんな状態を1年ほど続けたころ、ある変化を感じました。

はちゃめちゃな英語でも伝えようとする意欲が通じるのか、次第に意思の疎通ができるようになってきたのです。

そして、夢に描いていた理想の自分へ近づく一歩として、「英語を使って仕事がしたい」そう強く思うようになりました。

心が決まったら行動なんて早いものです。

足かけ10年勤めた会社を辞める決意し、外資系企業の未経験業種にチャレンジすることにしました。31歳のことです。

晴れて英語を使う仕事に就くも、未経験業界で慣れない用語・風習なども多く、正直かなり消耗しました。

けれど、「理想の自分に近づいている」と思ったらそれだけでがんばれました。

それから間もなくしたある日、転機がいきなり訪れることになります。

偶然出会った人にその後の人生を変えられたのです。それが今の夫です。

出発前日に起きた、東日本大震災

スペインってどこ?
どんな人たちで、どういうところかな?
どんな生活が待ってるんだろう?

いろんな思いをめぐらせながらまだ見ぬスペイン生活に胸を躍らせていたわたしは、突然パニックを目にすることとなります。

2011年3月11日に起きた、東日本大震災です。

突然襲ってきた大地震。今まで経験したことのない揺れを体験し、はじめて命の危険を感じました。

フライトの前に死んでしまうかもしれない

そんな思いがよぎった瞬間、国際電話で彼へ連絡していました。その直後、「どうやって空港入りしようか?」と冷静に考えました。

わたしはこの日、家を引き払うため業者のお兄さんたちと作業していました。

  • 道路はどこもパニック状態
  • 電車もバスもタクシーも使えない
  • お兄さんたちの事務所は羽田方面
  • 一度オフィスに戻ると言ってる

彼らのオフィスは羽田と同じ方向だから、もしかしたら空港まで送ってもらえるかもしれない!

そう思って遠慮がちに、でも真剣に聞いてみたら、なんと二つ返事で快諾してくれたのです。

パニックと混雑で渋滞の嵐となった一般道を進み、紆余曲折ありながらもなんとか空港入りを果たしました。

生死を共にしたお客さんのことは一生忘れません!」と何度もくりかえすお兄さんたちには感謝してもしきれません。

結局、この日のフライトは欠航されましたが、運よく翌日便に振り替えてもらい、無事にスペイン入りを果たすことができました。

3月13日のことです。

理想と現実の海外生活

いざスペインへ到着して、想定外だったことがあります。

誰も英語を話さない・・・

「ヨーロッパだもん英語くらい話すよね?」と、理由もなくそう信じていたわたしは驚愕の事実に心打たれることになります。

あたり前ですが、スペインはスペイン語です。

中高と6年間も習った英語、独学で学んでいた英語はほとんど役に立ちません。

たとえば、身近な英単語。

  • りんご ・・・ Apple
  • オレンジ ・・・ Orange
  • 123の数字 ・・・ One Two Three

このどれもが、スペイン語ではまったく聞き覚えのない単語に変化していました。

長い年数をかけて習得しはじめてる英語と、同じ年数、いやそれ以上の時間をかけてゼロからスペイン語を学ばなければならない。

その避けられない事実に、目の前が真っ暗になったのです・・・。

嫌いになったスペイン生活

言葉の問題だけではありません。

生活習慣、食事、文化、マナーなどの壁も目の前に現れました。そして、日本とは考え方がまるっきり違います。

夫は仕事で多忙だったこともあり、1日のうち14~15時間をひとりで過ごしました。

異国の地でひとり。

スペイン語ができないわたしの行動範囲は自然と狭まっていきました。

これがせめて英語圏なら・・・

何度も何度もそう思いました。

お店で何かを聞くことも、ひとりで病院へ行くことも、友達だって作れる。

でも、スペイン語ができないわたしは生まれたての赤ちゃんと同じ。体も頭も大人なのに、誰かの助けがないと何もできない

自分の無力さに、強いいらだちは隠せませんでした。

これには本当にこたえましたね・・・。そして次第に、こんな思いも強まっていきました。

  • 英語を続けたかった・・・
  • スペイン語は覚えたくない
  • スペイン語を聞くのも見るのもイヤ・・・

スペイン語が聞きたくないからTVはつけません。毎日の小さなことすべてがマイナスに見えて、しだいに家から出なくなりました。

人と話すのを避け、外に出るのも億劫で、家に引きこもる日が続きました。

そして、とにかくとにかく眠かった。

寝ても寝ても強い眠気に襲われ、どれだけ寝ても眠くって、時間があると眠っていました。

軽うつ状態が半年も続くと、もともとのネガティブ思考が放出し放題です。

そんな自分も大嫌いだったし、「なんで・・・?」って繰り返し自問自答していたわたしは完全にマイナス状態でした・・・。

スペイン生活での解放感

profile
2013年春、ヨーロッパ生活3年目を迎えたころ。旅行先のブダペストにて。

夢にみていた憧れの海外生活。

自分でふくらませた「理想の海外生活像」と「現実」との大きなギャップにひとり勝手に落ち込んでいたわたしも、スペイン語がわかってくるにつれて少しずつ楽しくなってきました。

単語レベルであっても、人とのコミュニケーションができはじめたのです。

いままでの人生で得た「人からつくられた価値観」「固定観念」「常識」でガチガチに固まっていた自分自身が少しずつ解放されていく感じもありました。

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スペインは、良くも悪くものんびりしていると言われます。

「のんびり」というと「怠けてる」とか「働かない」とかマイナスなイメージを連想させるかもしれませんが、わたしが感じたスペイン生活では、「のんびり=心に余裕がある」という感覚です。

スペイン生活で得た価値観

ホッとする第二の故郷、スペイン・バレンシア(市庁舎広場)

日本にいたとき、わたしは仕事に打ちこんでいた方だと思います。

わたしの場合、仕事が楽しいと生活も楽しくなるのでプライベートとの境がなくなってしまうんです。

朝7時から、深夜0時の終電まで働いたことも少なくなかったですし、タクシー帰りで夜中2時・3時まで働いていたこともあります。

仕事と生活のバランスが一番だとは思っていましたが、当時は「やればやるだけ返ってくる」自分の成長がうれしかった。

前述しましたが、わたしは幼少~高校まで交友関係に恵まれませんでした。そして、スペイン・フランスの生活で一番大事とされている「家族関係」にも恵まれませんでした。

それもあって、「家族」「友達」「恋愛」「働き方」「生き方」など、昔のわたしはいろいろと偏ったところがありました。

その反動なのか、自分の中で「こうありたい」という理想が高くなっていったんですよね。

でも、その高い理想が、ここスペインにはありました。

同調を超えた「人と同じでなければならない」を良しとする日本よりも、ひとりの「個」を受けて止めてくれるスペインの感覚

こっちの方が、わたしにはあっていました。

仕事にしても家族にしても人生観にしても、スペイン生活から大きな影響を受けたのは言うまでもありません。

これからやっていきたいこと

2018年6月、結婚記念日で旅行した南仏アヴィニョンにて

いままでたくさんのことを経験しました。

辛かった時間・苦しかった経験は、わたしにとって「プラスの力」に変わりました

そしていつからか、こう思うようになりました。

一歩が出ずにもがいてる人へ、手を差しのべられることがしたい。

過去のわたしのように「自分を変えたい!」と願う人の背中をそっと押して、自信とともに夢を実現してもらいたい。

そんな思いを持ち続けながらも時間だけが過ぎ、ひょんなことをきっかけに「コーチング」というものに出会いました。

想いを実現させる力=コーチング

コーチングとは、想い描く「なりたい姿」や「大きなビジョン」に向けて、欲しい未来を叶えるための「行動」と「道すじ」をはっきりさせ、「現実をつくる」こと。

一度身についた「想いを実現する力」や「未来を切り開く力」は、一生使えるスキルです。

相手の「可能性」を最大限に引き出し、行動と道筋をはっきりさせることで「理想の状態」を叶える。

コーチってなんて素敵な存在なんだろう!!そう強く感じ、知れば知るほどコーチングの魅力にハマっていきました。

思い返せば、わたしの辛かった過去や挫折・逆境を乗り越えられたのは、マインドセット(感情や考え方)でした。

わたしを構成するすべての条件が、マインドセットとコーチングに集約されていたのです。

チャンスは自分でつくるもの

フランスでのホームタウン、南仏・地中海ニースの街並み
  • 自分を変えたい!
  • やってみたい!

と、心のどこかで思われているなら、いますぐにでも挑戦されてください。

どんな決意も、行動に移さなければ何も変わりません。

あなたの決意はあなただけのものですし、あなたが「どんな行動をするか」もあなた自身にかかっています。

チャンスは自分で作れるんです。

  • 自分の決意でチャンスを作り、
  • チャンスによって環境を変えて、
  • 環境によって習慣が変わっていき、
  • 習慣によって自分の世界が変わっていく

そんなきっかけになる情報を、このブログから届けていきたいと思っています。

スペイン・フランス情報も!

いつもの通り道、南仏・地中海ニースの中心部

スペインとフランス、2拠点で生活するわたしができることがもう1つあります。

それは、等身大のリアルな現地情報を発信することです。

巷にはたくさんの海外情報が出ています。

そのなかにはいいことしか書かれていなかったり、意図的に編集されたり煽るような記事も少なくありません。

ここでもやはり、決断するのはあなた自身です。

どんな情報を見て、どの情報を信じるかは個人の自由です。だからこそ、いい面も良くない面もぜんぶひっくるめて「信じられる情報を発信していきたい」と思いました。

わたしからの発信が「決断するための判断軸」として参考にしてもらえたら、こんなにうれしいことはありません。

海外在住ブロガー限定・コミュニティ運営

また、「海外在住ブロガー限定コミュニティ」の運営もしています。

各国に散らばる海外在住ブロガー同士、居住国関係なく世界を横断してコミュニケーションが取れる場があったらいいな・・・。

そう思って作ったオンラインコミュニティです。

海外在住ブロガーって、けっこう孤独なんですよ。

「こんな場が欲しかった!」という声をたくさんいただき、趣旨どおり「各国に住むブロガーさんが交流」してくださっているのを見ると、作って良かったなと心底思います。

いまこのプロフィール記事を読んでくださっているあなたが「海外在住ブロガー」さんであれば、ぜひ参加をお待ちしてます。

*海外在住ブロガー限定オンラインコミュニティ
https://www.facebook.com/groups/overseasbloggers/

わたしからのメッセージ

2018年9月、フランス西部の町「クリソン」にて

はじめの一歩は少しこわい

見知らぬ世界に足をふみ入れるときは、たくさんの勇気がいります。

でも、その怖さを超えて行動しなければ何も変わりません。

人生はたった1度だけ

「チャレンジできるときに挑戦した人勝ち」のような気がします。

わたしが挑戦しはじめたのは、30歳の誕生日。

期待と不安に心揺さぶられたり、ぜんぜん伸びない英語力にいらだったことも何度とありました。

でも、諦めないでよかった。あのとき実行に移してよかった・・・と、心からそう思います。

さいごに

2018年5月、フランス西部の港町にて

英語を勉強していたはずなのになぜかスペインへ移り住み、なぜかフランスへたどり着きました。英語だけでなく新たにスペイン語・フランス語を勉強しています。

だからといって、英語を使って仕事がしたいという夢はまだ諦めていません。どういう形であっても実現したいと思っています。

これから先、置かれている生活環境や境遇によって「やりたいこと」「挑戦したいこと」は変わっていくことと思います。

それでも、自分の思いに正直に、「いくつになっても挑戦し続ける心」と「行動の柔軟さ」は持ちあわせていたいと、切に思っています。

長いプロフィールでしたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!感想やご意見をいただけたらとてもうれしいです!

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